愛犬の命日を前に、振り返り
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想い出語りの前に
今のこの環境に連れて来られたらどんなに喜んだかと思わない日はない
人間も動物も寿命があるから致し方ないとはいえ
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突然の余命宣告
かかりつけ医の紹介状をもって訪ねた大学病院で受付をしてもらい、数時間後には余命宣告を受けた
仮に手術とか処置のことを長々説明されたとしても辞退しようと腹をくくっていたから、逆に拍子抜けするくらいの宣告で、「もうできることはありません」と取り付く島も無かった
そして、
数週間の予告から、丸で数えたように、、、ちょうど3週間目ほどして、あっけなく逝った
いちど持ち直していたから、ずっとそんな日々が続くような気でいたところはある
しかし、1週間~数日前になると様子が変わってきて
ほとんど食べられなくなってきたし、お散歩も歩くのさえおぼつかなくなってきた
果てなき後悔と繰り返される問い
今思えば、もっと好きなものを好きなだけ食べさせってやればよかった
呼吸が止まりかけたときに心臓マッサージや蘇生ができたら、ひとりで送ることなくもう少し時間を引き延ばすことができたのでは?あるいは息をもちなおしたかもしれない・・・という後悔はいつまでも続いた
かかりつけ医からいくつかの紹介先を提示されて、すぐには決断できなかったし
当時は半年近く留守番をしていて夫は業務で九州南端の、さらに果ての島に滞在していた
「ひとりでは受け止めかねる」と電話で話すも「受け止めてもらわないと・・・」としか言えなかった事情
それに亡くなったあとに犬友(お散歩での顔見知り)から〇〇動物医療センターなら手術をして助かったかもしれないと言われて、そういう情報はさらに落ち込むのだった
現に2頭飼いのその同じ犬種のオーナーさんは、その時は2回目の腫瘍手術で決断は早かったという
最初な乳がんで二回目が脾臓腫瘍。
ブラッシングなどのあとにくまなくお腹まわりやいろいろな部位をマッサージしながら触れていると何かしこりを発見して脾臓が破裂する前にことなきを得たというのだ
我が家の場合は既に脾臓破裂をして中で散ってしまい、肝臓など他の臓器に影響が出始めているに違いないという予測(見立て)だった転移
悔やんでも悔やみきれない、腫瘍に気づけなかったこともそう
スローモーション動画のように目の前で倒れる
ある日、いつものように公園で遊ばせていたら、こちらに走って近づいて来ようとする愛犬が、スローモーションのように体が傾いて倒れていく瞬間を目の当たりにする
その瞬間のあと、どれくらい経過したかは私自身も記憶が飛んでいるので何分なのか何十秒なのかわからないが、「じっとして!」と横にさせたまま、すぐそばにある自販機で冷たい水を買って与えたことは覚えている
もちろん飲料水は持参していたのだが、何故か冷水と思ったのだろう
その夜は遠方にいる夫には事態を告げなかった
しかし、様子を見ながら少し違和感があったのでかかりつけ医に行ってみたら、想像していたよりはるかに重篤だということがわかったのだ
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失ってみて初めて知る絆
子供の頃から大人になるまでずっと犬が怖かった私が最初に暮らした犬(最初で最後になったのだけど)。
犬とか猫という呼称よりは、ほんとうに我が子のように思っていたことを、身に染みて味わうその後
よく《ペットは家族》《飼うではなく暮らす・過ごす》と強調する人がいるが、言っても言わなくても同じ思いには違いない
先が見えないペットロスの日々
ペットロスという言葉は知って(聞いて)いたが、これほど重く長いものになるとは思わなかった。
とはいえ、覚醒したように立ち直れたのは約半年後
吹っ切れたと言うのではないが、何かひとつのラインが見えたような、それを越えた自分を実感した
何もしなかった。カウンセリングとか診察とかそういうものは一切受けなかったが、沈鬱な日々だったことは今もよく覚えている
直後は手のひらサイズくらいのスケッチブックに愛犬の写真を見て色鉛筆画を書いてみたりした。
動画とか写真などは敢えて避けていたし、観られるものではなかった
人間、嫌なことは避けて通るというが、観ないように聴かないようにというのもそれに通じる
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フラッシュバック
ある日、私なりのフラッシュバックを体験した
当然ながら急に襲ってくるのだ
同じような時間帯、同じような(照明の)暗さ、空気感、、、それを五感で受け止めてしまったのか、ある絵(画像)、想い出シーンが目の前に現れた
当然、溢れるように涙がでる
それまでも涙ぐんでいる顔を見られたくないからサングラスは手放せなかったが
その時はどうだったか覚えていない
場所もしっかり覚えている
駅のエレベーター乗降口だ
愛犬をカートに乗せて降りた瞬間、その場面はそうなかったのだが・・・
何故か姿が見えたのである
突然襲ってくるフラッシュバックは、映画などでアメリカの帰還兵のPTSDなどのシーンで観たことがあるが、まさにそういうイメージだった
一緒にいて多くを得て楽しませてもらった分、手放したあとのどん底は想像以上に大きかった
そんなに苦しむくらいなら、という思いもあって次の(お迎えする)ことは考えなかった
失った同じものでしか埋められない空虚感
周囲では意外なほど早く次の子を迎える人が多かった
早く迎えすぎたという後悔を話す人もいた
しかし、何年かして気づいたことは
ペットロスは次の子でしか癒せないのではないか、ということ
癒しのためだけで迎えるのは本末転倒と言われるかもしれないが
日々お世話することで立ち直れることもあるだろう
想い出をなぞるようなこともあり、悲しみや寂しさが増すことはあるかもしれないが
現実の日々と向き合うことは良いこと
悲しみにくれている場合ではない
思い出の地は辿らなかった
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とはいえ、当時の私は仕事で出張などもあり、数泊くらい家を空けるなど、時間的に追われていたことが逆に幸いしたかもしれない
実際、愛犬とくまなく散歩した品川エリア・大崎・五反田・時に雪谷・池上本門寺など広い範囲内はどこも想い出が詰まっていてその後何年かとどまっていることは精神的につらいこともあった。
それで引っ越(移住)したわけではないが、少なくとも”思い出の地”や画像に映っているシーンからの脱出ははかれたかもしれない。
以前、大阪・四天王寺付近に住んでいた時、犬好き・犬連れが夜に集まる境内があって、そこにご夫婦が寄ってこられ、2歳で亡くなったバーニーズマウンテンが好きだった場所やお散歩したところを巡ってそこにそっと遺灰を置いていかれる姿を見かけた。亡くなる直前のことや次に病院で検査をする予定だった話など、そういうことも犬好き仲間に聞いて欲しかったのかもしれない。
愛犬がいたからこそ
人は辛いことも嬉しいことも聴いてもらいたいものだから。
悲しみを半分にし、喜びを倍にする、とは言い得て妙
当時はその辛さもまだ想像だにしておらず、愛犬はまだ2歳を迎えた頃だったから、ちょうど亡くなったバーニーズ犬のことが刺さったのかもしれない
まとめ
また愛犬の話は機会があれば、、、
動画も撮りためて、週一か数回通ったアジリティ練習会や地元大会、その後に始めたフリスビー大会参加などは、まだ見直すことができないままだけど、スマホの静止画やアルバムならここ数年は見ることができるようになった
そんな風だから絞り出すように語る、というのでもないが、
きっと同じような思いをされた方は多いのだろうと、そんな思いで書いてみた
