雑草
|

芝生管理:あることに気が付く

いつものようにただあてもなく雑草(メヒシバ・オヒシバほか)をむしり取っていた時、堂々巡り、いたちごっこなこの作業
果てることもなく一体いつまで続くのだろうかとため息がでるが

ふと気が付いた
一坪菜園のように、紐でエリアを区切ってやっていけば良かったのだ!と
一坪菜園は(ある本によると)4X4=16面あて、1区画ずつ違う野菜を植えたり、3~4区画を同じもので埋めてもよい、わりとフリーな使い方

その一坪菜園が2~3はとれそう(作れそう)な芝生エリア
“ここかと思えばまたまたあちら”みたいに枯れ芝(メヒシバ・オヒシバ)や新しくでてきたそれらを引っこ抜くのだが、加えてごそっと土の塊が取れてしまうのはコガネムシの幼虫が潜んでいるからで、今日なども10匹とはいわず潜んでいた

これがいるといくらがんばっても芝生は育たない
同じようにメヒシバやオヒシバの上にいくら種をせっせと撒いても芝生の発芽は無いものと思え!というのがわかっている

それを今日はここ、明日はあそこ、、、と転戦しているわけで、
最初のブロックが終って次々をまわっていくうちにまた最初のブロックに産み付けられた幼虫がニョキニョキと育っているわけで、まるで”賽の河原の石積み”(さいのかわらのいしづみ)状態

なので、全体をいくつかに割って、たとえば4~5日に1回あるいはいついつAをやったからB→C→Dという風に定期的にまわっていけば効率は良いのかもしれない

なんでそんな簡単なことに気づけなかったのだろう?

最近、ときどきそういう”閃き(ひらめき)”というか気づきというか、ずっと考えていれば自ずと道は開けるみたいな、手応えを感じることがある。知恵というのか、とにかく熟成されて目の前に答えが急にあらわれるみたいな現象

というと大げさかもしれないが、

早い話が譜面を見てピアノを弾いている限りにおいては創作的なものは生まれずにただたんに模写というか追っかけ、なぞっているだけなのと同じで

十年一日のごとく繰り返していても閃きは生まれない時は生まれない

そんなたいそうなことではないのだが、「はっ!」とするのは悪くない感触

そういえば公園の芝生養生(メンテナンス)などは囲ってあるが、それを正方形や長方形でいくつかに分割してエリアを決めてはどうだろうか?

今日も今日とて、、、延々と作業は続いた
秋撒きとして種・目土も撒いた
コガネムシや雑草を除去したあとに

エアレーションをしようかと思いつつ、片付けの時間になった

毎回そんなもの
予定通りすべて終了なんて日はそうそうない
いつも宿題を持ち越す

誰かに言われているわけでもない
やらなきゃいけないことがあるわけではない
それでも目先の細々したことはなるべくその日のうちに
次の日はまた新たな火種(課題)が待ち受けているかもしれないから

広告

広告

10/16~絶賛”プライム感謝デー”開催中

先行セールでガーデニング&自転車ライド用の(偏向)サングラスを購入
今のはスタートがスモークなので室内や温室が暗めに見えてしまう

広告

10/19 23:59まで開催

広告

類似投稿

コメントを残す